宇津木麗華監督の現在や結婚相手は?宇津木妙子の養女?国籍を調査

7月 29, 2021

宇津木麗華さんは、中国・北京出身のソフトボール元選手で、現在は日本代表チームを率いる指導者です。
宇津木麗華監督の現在や結婚相手、宇津木妙子さんとの関係や国籍について調べていきたいと思います。

宇津木麗華のプロフィール

本名:宇津木 麗華(うつぎ れいか)
出生名:任 彦麗(にん えんり)
生年月日:1963年6月1日(現時点58歳)
出身地:中国・北京
身長:170センチ
体重:68kg(2004年時点)
血液型:B型
ポジション:内野手
投打:右投げ左打ち

出典:公益財団法人日本オリンピック委員会

宇津木麗華さんは、スポーツ好きだったお父さんの影響で、小学校から中学校にかけてはやり投げをやっていましたが、中学校の先生に誘われて14歳の時にソフトボールを始めました。

そしてその1年後、15歳の時に、中国に遠征してきた現役当時の宇津木妙子さんのプレーをみた麗華さんは衝撃を受けます。これがのちに家族同然の間柄となる妙子さんとの最初の出会いでした。そして妙子さんの方も麗華さんの才能をすぐに見抜き、2人の交流が始まります。

88年に麗華さんは25歳で来日して、妙子さんが総監督を務めていたビックカメラの前身・日立高崎に臨時職員の待遇で入団しました。来日後数年間は、埼玉県の妙子さんの家から2人で高崎まで車で通う日々が続きました。

最初のうちは、中国人であることなどを理由に不当な扱いを受けたこともあったそうですが、試合でめざましい活躍をあげると徐々に周りから認められるようになり、麗華さんの活躍もあって日立高崎は1年で日本リーグ2部から1部に上がることができました。
1994年、日本リーグで三冠王達成。

1995年には日本に帰化。帰化直後だったために、96年のアトランタオリンピックには日本代表に選ばれたものの出場できませんでした。しかし、4年後のシドニーでは3試合連続本塁打の活躍で銀メダルを獲得しました。

2003年、所属していたルネサス高崎の選手兼任監督に就任。
2004年 アテネ五輪でも主砲として活躍し銅メダルを獲得しました。その後は現役引退して、日立&ルネサス高崎の監督に就任しました。

2011年に日本代表監督(ヘッドコーチの肩書)に就任されています。2012年と14年には世界選手権での優勝に貢献されています。2012年の優勝は42年ぶりのことでした。

宇津木麗華の国籍は?

宇津木さんは中国の北京出身ですので当然中国国籍でしたが、15歳で宇津木妙子さんと出会い、25歳で妙子さんを頼って来日し、1995年、32歳の時に日本に帰化して日本国籍となりました。

宇津木麗華さんのお父さんは元軍人だったこともあって反日感情があり、最初は反対していたそうですが、最終的には麗華さんが妙子さんをお父さんの前に連れていって説得した結果、麗華さんの本気の思いを受け止め、娘の帰化を受け入れたとのことです。
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宇津木麗華の現在は?

2021年開催の東京オリンピックでの金メダル獲得に向かって、各選手への指導を行なっています。

麗華さんの師の妙子さんはこう言っています。

「ソフトボールはひとりじゃできないしチーム全体で戦えない。そのために各自が謙虚になって努力することをすすんでやらないといけない。常に周りを見て、目配り、気配りしながら、何をすべきかを考えられる人間力の高い選手がそろわないと本当に勝てるチームにはならない。

私も麗華にもそういう信念があります。今の選手たちを見ると、技術は高いけど、自ら行動を起こしたり、チームを引っ張ろうとする力が弱い。麗華はすべてにおいて自分からアクションを起こして学ぼうとする意欲があった。そういう力を選手につけさせるのは、簡単なことではないと思います」と妙子は選手を操る難しさを口にする。

出典:woman excite

勝利に向けての選手への指導は難しいものです。しかし麗華さんは、自分の現役当時から目をかけてきたという上野由岐子選手に対して強い思いをもっているのはもちろんですが、他の代表選手についても、それぞれの選手のプレー上の特徴だけでなく人間性まで深く理解して、選手一人一人に即した指導をされています。

そのことを表すように、「(ダイヤモンドの女神たち)市口侑果内野手、上下から“いじられキャラ”で両者の架け橋に! 「引き出し」多い宇津木ヘッドに憧れ」で日本代表の市口侑果内野手がこう言っています。

宇津木麗華ヘッドコーチはいろんな知識を持ってるので、話を聞くだけでも自分の引き出しがたくさん増えます。

驚いたのは、1人ひとり体のバランスを見て、それぞれ違うアドバイスしていること。他の選手への助言を聞いて自分で試してみても、うまくいかないんですよ。選手に合わせて言ってくれているなと気づきました。アドバイスは打撃だけでも1人に、10個くらい言っていますね。ヘッドの頭の中をのぞいてみたい。

出典:zakzak by夕刊フジ

同じく日本代表の川畑瞳内野手も「ソフトボール野手最年少代表・川畑瞳「合宿を重ねるごとに手応え」宇津木麗華監督のつきっきり指導で成長」の記事でこう言っています。

19年には年間142日の強化合宿が組まれた。川畑は五輪代表に選出時、「本当にしんどかった。辞めなくて良かった」と明かすほど追い込まれた。合宿を重ねるごとに「監督が求めるものに対し、レベルの差を感じた。外国人投手に対しての打ち方やゴロの捕球の仕方は、監督の中でレパートリーが多い。それを求められていたけど、全然埋められなくて。そこを指摘されたし、もう怒られっぱなしでメンタルがやられていました」。

出典:ヤフーニュース(スポーツ報知)

今挙げた2人の選手以外にも、同じように一人ひとりに対して細かく指導しています。技術と精神の両面で、宇津木さんの卓越した指導能力がわかります。
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宇津木麗華の結婚相手は?

宇津木さんの結婚については情報がありませんでした。

ソフト宇津木監督41歳まで現役を続けた理由 電車で見知らぬ男性に掛けられた言葉ではこのように語られています。

気が付いたらソフトボールと“結婚”して、競技に打ち込んでいるうちに、年齢を重ねた。

出典:西日本スポーツ

という表現がみられることからも、結婚はしていないものと思われます。
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宇津木麗華は宇津木妙子の養女?

このことについては、宇津木さんが自分ではっきり説明していました。

私は姓が宇津木なので、妙子さんの養女と思われている人も多い。実は違う。中国名の任彦麗(にん・えんり)で来日した私は、妙子さんが監督を務めていた日立高崎(現ビックカメラ高崎)に加わり、95年に32歳で日本国籍を取得した。

宇津木家に頼み込み「(宇津木)監督の姓を、もっと世界に広めたい」と、以後名乗らせていただいている。妙子さんは私にとって姉という感じだろうか。
「麗華」は両親から授かった「麗」と、中華人民共和国の「華」を1字ずつ取った。「日本人になっても娘には変わりはないから」と言ってくれた父の愛情を一生涯忘れまいと誓った。

出典:西日本スポーツ

ということは養女ではないのですね!

まとめ

以上、宇津木麗華監督の現在や結婚相手は?宇津木妙子の養女、国籍を調査でした。

宇津木妙子さんに憧れて日本にやってきて、選手として大活躍し、今は指導者として東京オリンピック金メダルをめざしている宇津木麗華さん。彼女の思いを代表選手みんなが受け止めて熱心に練習しているのを見ていると、きっと金メダルを獲得できると思います。期待して応援していきたいですね。

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Posted by toukou