山本草太の彼女や結婚は?コーチや出身高校や大学、両親を調査

山本草太さんは、2015年世界ジュニア選手権3位、2014年ジュニアグランプリファイナル2位、2015年全日本ジュニア選手権優勝、2016年リレハンメルユースオリンピック優勝などの実績を持つフィギュアスケート選手です。
山本草太さんの彼女や結婚、コーチ、出身高校や大学、両親やきょうだいについて調べていきたいと思います。

山本草太のプロフィール

本名:山本 草太(やまもと そうた)
生年月日:2000年1月10日(現時点21歳)
出身地:大阪府岸和田市
身長:172センチ
血液型:O型
所属:グランプリ東海

出典:ウィキペディア

フィギュアスケート観戦が趣味だった母の影響で、6歳のときにトリノオリンピックをテレビで見たことをきっかけに大阪府立臨海スポーツセンターでスケートを始める。小学校6年のときにはテレビ番組の企画で織田信成さん(バンクーバー五輪出場、四大陸選手権金メダリスト)にスケートの指導を受けたことがある。
中学1年生の夏、名古屋に転居して長久保裕に師事する。
2015世界ジュニア選手権で銅メダル、2016リレハンメルユースオリンピック金メダルなどの結果を残し、平昌オリンピック日本代表の有力候補とみなされていたが、2016年3月、世界ジュニア選手権への出発当日の練習中に転倒して右足首を骨折した。
5月に氷上練習へ復帰したが、7月末に右足内側のくるぶしを疲労骨折。9月にボルトを入れる手術を受けたが、10月末に同じ箇所をケガしてしまう。
2017年、2度の骨折と3度の手術を経て、9月末の中部選手権で復帰(4位)。11月の西日本選手権で5位に入り翌月の全日本選手権(平昌オリンピック代表選考会)への進出を決めたが、9位に終わり、オリンピック出場はならなかった。

平昌オリンピック出場について、「コーチは100%諦めています。自分も99.9%は諦めています」と発言。一方、2年ぶりの出場となった全日本選手権(平昌オリンピック代表選考会)の前には、「怪我をする2年前までは全日本選手権に出場することを当たり前のように思っていたが、今は出場できることが幸せなことだと感じており、今出来る全力を出し全日本選手権に出られることに感謝を込めて演技をしたい」と語っている。

出典:ウィキペディア

2019年12月の全日本選手権終了後、名古屋市の邦和スポーツランドを退会。
2020年7月から大西勝敬の指導を受け始め、9月より正式に師事。
2021年7月に名古屋のグランプリ東海へ移籍して、山田満知子、樋口美穂子、本郷裕子に師事。

主な戦績(SP=ショートプログラム、FS=フリースケーティング)

ノービス時代

2011-12シーズン
アジアフィギュア杯(ノービスクラス):2位
近畿選手権(ノービスクラスA):2位
全日本ノービス選手権:2位
全日本ジュニア選手権:11位
トリグラフトロフィー(ノービスクラス):優勝(国際大会初優勝)

2012-13シーズン
近畿選手権(ノービスクラスA):2位
全日本ノービス選手権:優勝
全日本ジュニア選手権:4位

ジュニア時代

2013-14シーズン
ジュニアグランプリ リガ杯:SP11位、FS12位、総合11位
全日本ジュニア選手権:5位。
全日本選手権:SP11位、FS19位、総合14位(初出場。新人賞を受賞)
プランタン杯(ジュニアクラス):優勝。

2014-15シーズン
ジュニアグランプリ クールシュヴェル:SP3位、FS2位、総合2位(国際スケート連盟主催の公式大会で初の表彰台)
ジュニアグランプリ タリン杯:SP2位、FS2位、総合2位(→ジュニアグランプリファイナルに進出)
ジュニアグランプリファイナル:SP1位、FS3位、総合2位
全日本選手権:SP7位、FS6位、総合6位
世界ジュニア選手権:SP7位、FS3位、総合3位

2015-16シーズン
ジュニアグランプリ コロラドスプリングス:SP2位、FS3位、総合3位
ジュニアグランプリ コペルニクススターズ:SP2位、FS1位、総合優勝(国際スケート連盟主催の公式大会で初優勝。ジュニアグランプリファイナル進出)
全日本ジュニア選手権:SP1位、FS1位、総合優勝(初優勝)
ジュニアグランプリファイナル:SP3位、FS4位、総合3位
全日本選手権:SP11位、FS4位、総合6位
リレハンメルユースオリンピック:SP1位、FS4位、総合優勝

シニア時代

2016-17シーズン
骨折により、試合出場なし

2017-18シーズン
全日本選手権:SP8位、FS10位、総合9位
プランタン杯:SP6位、FS5位、総合5位

2018-19シーズン
チャレンジャーシリーズ アジアフィギュア杯:SP6位、FS1位、総合優勝(国際スケート連盟主催の公式大会での3シーズン振りの優勝)
チャレンジャーシリーズ フィンランディア杯:SP8位、FS10位、総合9位
グランプリシリーズ NHK杯:SP6位、FS5位、総合6位
全日本選手権:SP10位、FS8位、総合9位
チャレンジカップ:SP1位、FS1位、総合優勝

2019-20シーズン
チャレンジャーシリーズ USクラシック:SP3位、FS2位、総合2位
チャレンジャーシリーズ フィンランディア杯:SP1位、FS6位、総合2位
グランプリシリーズ NHK杯:SP7位、FS5位、総合6位
全日本選手権:SP13位、FS7位、総合7位

2020-21シーズン
NHK杯:SP9位、FS7位、総合8位
全日本選手権:SP6位、FS9位、総合9位

 

山本草太の彼女や結婚は?

山本さんの彼女や結婚の情報は見つかりませんでした。

山本草太のコーチについて

山本さんは、キャリアの中で、名古屋と大阪で多くのコーチに指導を受けてきています。

邦和スポーツランド時代
長久保裕
成瀬葉里子
川梅みほ
加藤晴香

大阪府立臨海スポーツセンター時代
大西勝敬
林祐輔

グランプリ東海時代(2021年7月~)
山田満知子
樋口美穂子
本郷裕子

ペアで全日本選手権5連覇そして1972年札幌五輪に出場した長久保裕(ながくぼ ひろし)さんは、本田武史さんや荒川静香選手などを指導しました。

出典:フィギュアスケート動画

1973年国体高校男子優勝、全日本選手権3位の大西勝敬(おおにし よしのり)さんは町田樹さんを指導しています。

出典:スペシャルインタビューより

1959年国体高校女子優勝、1960年全日本選手権2位の山田満知子さんは、伊藤みどりさん、浅田真央さん、浅田舞さん、村上佳菜子さん、宇野昌磨選手など、多くの名選手を育てたことでよく知られています。

出典:ビズサプリ

山本草太の出身高校や大学について

中学1年のときに大阪から名古屋へ移り住んだ山本さんは「名古屋市立東港中学校」を卒業後、私立「愛知みずほ大学瑞穂高等学校」に入学し卒業しました。
愛知みずほ大学瑞穂高校は、1940年に「瑞穂高等女学校」として開校し、1948年に新制「瑞穂高等学校」となりましたが、2001年4月に共学になるまでは女子校でした。
2000年4月に現在の校名になっています。

山本さんは瑞穂高校を卒業後、「中京大学スポーツ科学部」に進学しました。
中京大学アイスアリーナでは同じ学部で2学年上の宇野昌磨選手とよく一緒に練習していたそうです。
しかし、大学2年次の2020年1月、練習拠点をひょうご西宮アイスアリーナ、さらにその後、大阪府立臨海スポーツセンターへ変更したことをきっかけに、2021年10月現在、大学は休学しています。

山本草太の両親や兄弟について

山本さんは一人っ子できょうだいはいません。
また、山本さんの両親については名前などの詳しい情報はわかりませんでした。

山本さんがスケートを始めるきっかけは、お母さんの趣味がフィギュアスケート観戦だったことでした。6歳の時、トリノオリンピックの表彰式を見て「僕も金メダルが欲しい」と言って、大阪府立臨海スポーツセンターへ連れていってもらったのが山本さんがスケートをした最初です。
さらに名古屋へ引っ越した時も、「名古屋にジャンプを教えるのが上手な先生(=長久保裕)がいる」とお母さんが聞いてきて、そのわずか数日後には引っ越していたそうです。

去年から今年にかけて所属クラブの移籍を検討していたときも、お母さんの言葉が決め手になっています。

昨年末の全日本後、前コーチから離れ、半年以上も拠点が決まらない日々を過ごした。1人で滑るしかない。「どこに移籍しようか半年以上…なかなか決まらなくて。もう自分でも分からなくなって、いろいろな選手や関係者にも相談した中、最後は母が『グランプリ東海さん、どう?』と。それが7月でした。

出典:日刊スポーツ

まとめ

以上、山本草太の彼女や結婚は?コーチや出身高校や大学、両親を調査でした。

一時は羽生2世とも称され平昌五輪出場は確実と言われていた山本さんですが、不運にも度重なる骨折で、近年は十分な実力を発揮できなくなっています。しかし北京五輪出場をあきらめたわけではありません。故障したからこそ見えてきたいろんなことやいろんな思いを胸に、ひきつづきがんばってもらいたいです。

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