馬淵史郎監督の年齢や経歴は?脱臼や嫁・息子・娘、名言を調査

馬淵史郎さんは、甲子園常連校としてしられる高知県の明徳義塾高校野球部の監督を1990年から30年間務めている指導者です。
馬淵史郎さんの年齢や経歴、話題となった試合中の生徒の脱臼、奥さん息子さん娘さん、そして名言について調べていきたいと思います。

馬淵史郎のプロフィール

本名:馬淵 史郎(まぶち しろう)
生年月日:1955年11月28日生まれ(現時点65才)
出身地:愛媛県八幡浜市
所属:高知県・私立明徳義塾高等学校

出典:Wikipedia

馬淵史郎の経歴

愛媛県立三瓶高等学校、拓殖大学卒業。高校と大学では内野手としてプレイしたが、甲子園大会の出場経験は無い。
松山物産、松山ガスで野球部部長を務めたのち、82年に神戸・阿部企業でコーチに。83年より監督を務め、就任4年目で都市対抗初出場、日本選手権準優勝。
87年より明徳義塾高校野球部でコーチを務めつつ、高等学校社会科の教職員免許を取得。
90年に監督就任。
91年夏に甲子園初出場。92年夏の星稜戦では松井秀喜を5敬遠し、世間のバッシングを受ける。
98年から2005年まで夏の高知県大会8連覇し、甲子園に連続出場。
98年夏ベスト4。02年夏に初優勝を飾り、04年は春ベスト4。
10年から17年まで、ふたたび夏の高知県大会8連覇し甲子園出場。
12年夏、16年夏ともにベスト4。20年にはU18日本代表監督にも就任している。

主な戦績

社会人野球日本選手権大会 準優勝
全国高等学校野球選手権大会 優勝
国民体育大会・高等学校野球(硬式) 優勝

甲子園大会(2020年交流試合は除く)
通算:出場 35回・53勝33敗 / 優勝1回 / 記録:出場大会初戦20連勝
(春)選抜 :出場 16回 19勝 15敗 / ベスト4 1回、ベスト8 5回
(夏)選手権:出場 19回 34勝 18敗 / 優勝 1回、ベスト4 3回、ベスト8 1回

春季四国地区大会 優勝10回 準優勝3回
秋季四国地区大会 優勝9回 準優勝4回

馬淵史郎の名言

馬渕さんは長年の指導者としてのキャリアの中で多くの名言を残しています。

記者の人気ナンバー1は、断トツで明徳義塾(高知)の馬淵史郎監督だ。もはや「馬淵節」として、甲子園名物となっている観さえある。試合前、「先発投手はご飯を炊くのと一緒で、じわじわいかんと」との名言を吐き、報道陣をうならせた。記者から質問が途絶えると黙ってしまう監督が多い中、サービス精神旺盛な馬淵は、沈黙の空気が流れると自ら語り始める。だからだろう、試合後、いつまでたっても大勢の記者に囲まれている。

出典:NumberWeb

いわゆる「見出し」になるような言葉はたくさんありますが、その中から、92年夏の星稜高校松井秀喜5敬遠に関する馬渕さんの言葉をいくつか紹介します。

「間違っていたとは思わない。あの時のチームでは、あれしか勝つ方法がなかった」
「仮に、3年間鍛えた力で松井君と真っ向勝負をして、負けたとします。それもまた教育なんだと思いますよ。それは間違いではない。だからあの作戦は正しいとか間違っているとかではないんです。両方とも正しいんです。善悪は誰も語れない。好き嫌いはあるかもしれませんけどね」
「あんな騒ぎになるとは思っていませんでした」
「一番良かったのは松井君が成功してくれたこと。内心ほっとしていますよ」
「うちの選手にも星稜の選手にも嫌な思いをさせてしまったなあ、つらい思いをさせてしまったなあと思っています。野球を離れた一人の年上の人間からしたらね」

出典:つれづれベースボール

馬淵史郎の脱臼とは?

2017年に行われたある試合での出来事です。盗塁しようとして二塁へスライディングした選手が左肩を脱臼してしまいました。痛みが強かったため、いったんベンチにその選手は引きあげます。そして戻ってきたその選手に対して馬渕さんが脱臼した肩を整復した結果、該当の選手がすぐにプレーに復帰したということがありました。この一連の様子はテレビ中継されていました。

このことについて、脱臼直後はとても苦しそうだった選手が、肩が入った後はなにごともなかったかのようにプレーに戻ったことで、馬渕さんについて、ツイッターなどで驚き賞賛する人が大勢いました。

しかしその一方で、医療に関わる人々からは、「資格がない者が脱臼の整復を行うなど言語道断である。失敗すれば骨折したり、後に脱臼癖がついたりその他の障害の可能性もある」という批判の声が多数あがりました。

私は、医療の知識がない人が前者のような反応になり、知識がある人が後者のような反応になるのは、もっともなことだと思います。
そして、馬渕さんを強く弁護するつもりではありませんが、むかしは野球でも他のスポーツでも監督などの指導者が現場で脱臼した肩を入れるということは結構ありましたので、馬渕さんもその感覚でいたのではないでしょうか。

馬淵史郎の嫁や息子・娘は?

馬渕さんの奥さんは、馬渕さんと同じく明徳義塾の先生です。2016年8月21日の記事に、奥さんと娘さんに関する選手たちのコメントが載っていました。

それどころか、早くもナインは優勝を手土産にした監督一家との“懇親会”まで画策している。監督の自宅は野球部寮の隣にあり、選手は時に夫人の手料理をごちそうになることもあるそうだが「監督の奥さんは明徳の先生なんですが、美人だし、料理が超うまいんです。お好み焼きとかピザとか絶品ですよ」「娘さんは奥さんに似てホンマにきれい。やばいですよ! まだ一度しか見たことがない。また会いたいなぁ」と馬淵家の女性にデレデレ。それで思いついた。

出典:exciteニュース
また、馬渕さんの息子さんで今年32歳になる烈さんは明徳義塾の出身です。3年夏には主将も務めましたが、強豪であるにも関わらず、3年間で一度も甲子園に出場することはできませんでした。拓殖大学進学後は東都大学二部リーグでプレー。四番サードで4年秋には24年ぶりの二部優勝をしましたが、中央大学との入れ替え戦では1回戦で先勝しながら、2、3回戦で連敗し、一部リーグへの昇格はなりませんでした。
2012年から2015年までは社会人野球のシティライト岡山でプレーし、2015年12月からは母校の拓殖大学のコーチに就任。2020年1月からは監督を務めています。

出典:ベースボールONLINE

まとめ

以上、馬淵史郎監督の年齢や経歴は?脱臼や嫁・息子・娘、名言を調査でした。

30年間で甲子園53勝の馬渕さんおよび明徳義塾高校は、松井秀喜5敬遠以降、「勝利至上主義」としてヒール扱いされることが多くなりましたが、長くやっていてしかも結果を出していれば、外野は好き勝手にいろんなことをいうものです。現在65才の馬渕さんがこの後いつまで監督を続けるのかはわかりませんが、これからも高校生たちの指導に力を注いでいってください。

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Posted by toukou